2013年07月28日

低所得層への支援と貧困ビジネス

最近仕事をしていて疑問に思うことがある。
低所得層への支援と貧困ビジネスの関係である。

ソーシャルワーカーが行う低所得層への支援としては、様々な公共料金の減免手続きであったり、最終手段として生活保護を使うなどの公的扶助が中心となる。
公的扶助には、それを受けるための受給要件があったり、受給することによるデメリットもある。

国民年金の減免は、老齢基礎年金の受給額が減額されるし、生活保護は自動車を所有できなくなり生活資金の使い道には一定の指導が入るようになる。家族とも縁を切らざるを得なくなるケースも出てくる。
こうした公的扶助には自由を束縛されるというデメリットが付随する。
人は自分らしい生き方を選択する自由があるものの、その一方で一定の基準のもとで制限を受けつつも公に頼るという手段が用意されているといえる。

こうした制限や社会的立場を考え、公的扶助に頼ろうとしない人々がいる。
それ自体は何も問題ではない。そうしなくても自由に生きていけるからだ。
しかし、その一方で問題になるのがこうした人々を顧客とする貧困ビジネスだ。

収入が少なく、保証人がいない人を受け入れる賃貸物件。
その中には違法ハウスと呼ばれる法律上の基準を満たしていない住居を貸し出しているものがあったり、特殊な名目で生活費の一部を家賃と同じように支払わせる物件もあるという。
貸金業者の中には年金を担保に生活費を貸し出し、その利子が次回の支給額をかなり圧迫しているものがある。
低所得の人の生活費の一部をもらうことで生活に必要なサービスを提供しているのだ。

違法なものはよくないが、しかしながらかなりグレーな部分ではある。
所得が低い人ほど、家賃の低い物件すなわち質の低い物件を選ばざるを得ない。
そうすると違法すれすれの基準の物件になったり、特殊な事情を抱えた物件になる確率が上がってくる。
管理人がこういう人々の世話を多少する代わりにお金を一部負担させたら貧困ビジネスになってしまうらしい。
しかし、低所得層の人の中には生活能力が低い人が多く含まれている。そうした世話を民間が行うと貧困ビジネスになると言われると不思議である。

一般の金融機関や消費者金融ではお金を貸してくれない場合でも、年金を担保にお金を貸し出すこと自体には違法性はない。ただ、年金を担保にお金を貸すと、必然的にその後の生活は非常に厳しくなる。利子の返済に追われる生活をずっと続けるという悪循環に陥りやすいのだが、親切にお金を貸してくれる業者として認識されていたりする。これも一種の貧困ビジネスとして問題視されている。

分かりやすく言えば、低所得層向けにサービスを提供すると、値段と質のトレードオフでやり取りされるため、違法すれすれのサービスが提供されるが、中には違法性を感じるものが含まれているということ。
これらを厳しく取り締まれば、サービスを受けられない人々が生活に行き詰ってしまう。
そして、これを公的扶助で救おうにも、受給基準の問題や支援する側のソフト・ハード面(資金・人材・プログラム・施設等)の不足で救えない状態になっている。

何が問題なのだろうか。
・低所得層の人々がお金を稼げていないのが悪い。きちんとした仕事に就き、安定収入を得られれば解決する。
・住宅基準や貸金業の基準が厳しすぎる。基準を緩和すれば現状の貧困ビジネスも普通のビジネスとして認識される。
・公的サービスが不足している。お金や人材、施設をもっと用意し、低所得層を十分受け入れられるようにすれば問題は解決される。
上記のような愚直な意見は誰もがすぐに考え付く。しかし、それが実現しないのは相当にそのハードルが高いからである。

当事者がお金をきちんと稼げないのには理由がある。病気や障害、能力と求人のミスマッチなど様々だ。
基準の緩和についても、緩和しすぎると、その選択がどれだけハイリスクなものであろうと選択した人の自己責任になる。つまり、もっとハイリスクな選択をしがちになるということ。
公的サービスの拡充も財源の問題に直面する。相当に政治的な力が働かないとこうしたサービスは実現されない。もっとも、そのような予算配分は別の問題をもたらしかねない。

難しく考えたが、一般の人が感じるような「お金がないのはその人の問題」、「安いものにはわけがある」、「行政の怠慢、お役所仕事」という批判は的確とは言えないが、概ねそのような捉え方になる。
ここに福祉の手を入れても、そもそもが難しい問題であり、そこにうまく付き合っていく難しさがあると感じる。
posted by トモロウ at 11:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会問題

2012年01月31日

20代のうつ病や適応障害の就労支援

精神科ソーシャルワーカーの就労支援と言えば、就労継続支援A型や就労継続支援B型のほか、作業所(地域活動支援センターV型など)といった社会資源の紹介や利用に関する手続きの支援などが多いと思う。
ほかに、ストレスケア病棟を持つ病院ではうつ病や双極性感情障害患者の復職支援(リワーク支援)が行われ、認知行動療法などホットな話題を集めている。
比較的大きな書店で就労に関する福祉の参考書を手に取ると大半がそうした内容の書籍だった。
しかし、それらの参考書が合致しないケースを担当することもありうる。
以下には架空のケースをもとに考えてみた。

20代でうつ病や適応障害の既往があったり、統合失調症とも判断しがたい微妙なラインの患者がいた。
彼らは就労したいと思ってはいるが、自信のなさや家族関係、社会的背景(就職難)などから就職できずにいた。
能力評価としては比較的高く、本人もスタッフも福祉的就労が妥当とは考えていなかった。
若いころから不登校で社会との接点が少なかったり、元々は一般就労の形で勤務していたが、離職してしまい期間が空いてしまっているなど、一般的な復職支援(リワーク支援)のような型にははまらない状態になっていた。
彼らはデイケアを利用しており、集団での活動を通して就労を目指している。

ここでいう福祉的就労とは就労継続支援のA型およびB型だが、これらの利用には障害者手帳(療育手帳や精神障害者手帳)か、主治医意見書等が必要になる。
彼らは病状が寛解しており、障害者相当の状態とは言いづらい。
そもそも、本人が福祉的就労を望んでいないのだから積極的に検討するのもおかしな話。
復職支援(リワーク支援)とは有職者が休職中の状態で数か月後に復帰が見込まれるか、症状が治まったら再びすぐに求職活動に移れるような患者を支援する内容がほとんどである。
彼らは短期間(ここでは半年ほど)では就職活動をしたり、実際の仕事をこなすのは困難が感じられる状態である。そういう意味では適応障害的な特徴を持っている。

デイケアにてワーカーが行った支援は、彼らの目標(いつまで、どんな職種、どの勤務形態かなど)を聞いたり、彼らの特技を聞き出すなどアセスメントが中心になっていた。
彼らはデイケアでの集団療法によって対人関係スキル等に改善が見られたが、就職に関しては今一つ進展が見られない状態が続いていた。

以上のような状況で、自分なりにこうしたケースをどう支援していけばよいか考えてみた。
以下にポイントになりそうなものを挙げてみた。
・20代の社会観
・現代の求人内容
・20代の本音と建て前

まず、20代の社会観から。
記事執筆時点の2012年1月現在の私見によるものなので、これが真実とは限らない点に注意してほしい。
彼らは小中学校頃から携帯電話が一般化しており、少なくとも高校生頃には携帯電話を手にした人がほとんどである。
1990年代のバブル崩壊を、彼らがまだ幼い時期に経験したため一つの社会現象という捉え方ができず、何をやっても右肩下がりという経験をしていることも多い。
また、本人だけでなく家族がそうした社会背景におかれた結果、親のストレスが子供である本人たちに悪影響を及ぼしているケースも少なくない。
対人関係が苦手な人はインターネット社会に逃げることができるようになっている。
インターネット上では無料で遊べるゲームが星の数ほど存在しており、遊ぶ材料に事欠かず、また少数でも同じような趣味を持ったリアルな友人がいれば心細い思いをすることがない。
携帯電話によるインターネットの利用、最近であればスマートフォンを利用できることもあり、彼らにとって利用できる情報資源は数多い。
そういう意味では親世代の常識と彼らの常識は食い違う場面も多い。
たとえば、親「新聞を読みなさい」→20代「携帯やネットでニュースを見ればいい」というものが象徴的だろう。
親は彼らが携帯やパソコンで何をしているかよくわかっていないし、彼らがそうしたことをやっているとも思っていないが、親が言葉で発した内容は彼らの携帯やパソコン上でいつでもどこでも好きな時に短時間で効率よく行える。
また、情報の多さが時として災いしているケースも少なくない。
「今は不景気だから何十社も面接を受けないと受からない」という情報を見て対人関係を苦手とする彼らはそんなにたくさん面接を受ける勇気がないと尻込みし、「働いても自分たちの老後は年金をもらえない」と聞けば反社会的な価値観が形成され、「どうにもならなかったら生活保護がある」という言葉に本心ではいけないと思いつつも、その言葉を借りて現実逃避を図ってしまったりする。

現代の求人内容について、まず不景気である。
求人自体が少ないことと、それに伴い競争率が激しくなっており、対人スキルを苦手とする人たちは就職活動で出遅れることが多い。
90年代以前に比べて仕事が多岐にわたり、複雑になっている傾向がある。
小売・販売業一つにしても、昔は品物に書かれた値札を見て電卓をたたき、お金のやり取りをすればよかったのに対し、現在主流のコンビニでは高度に情報化されたレジスターに顧客の年齢、性別などを入力したり、店内の商品のみならず持ち込みの宅配サービスや電子決済サービスの利用などがある。商品にも電子マネーがあったり、店内に銀行ATMや情報端末連携のコピー機もある。それだけ現代の仕事は頭を使う仕事が増えている。
正社員として働く人は往々にして残業が当たり前の職場になっており、非正規社員になると会社次第ではワーキングプアという状況にもなりかねないほど、過酷で薄給の職場も増えている。
過去に話題となったフリーターも、現在は新たに40代や50代の男性が応募し働いているような状態であり、アルバイト就労者の平均年齢にも上昇がみられる。
2000年(平成12年)以降から介護保険の影響もあり介護職の求人が増えたが、労働の負担と給与のバランスに不満を訴える者が多く、雇用の創出にはなり得ても安定が図れているとは言い難い。

20代の本音と建て前について、彼らは本心ではどうにかうまいこと社会適応したいと考えている。しかしながら、現実がうまく行っていないがために表面的につくろって行動しなかったり、あるいは表だって自分には無理だと逃げたりする。

以上のように、潜在的に何をやってもうまく行かないという刷り込みと、仕事のハードルの高さからあきらめてしまう人が多い。これは精神科の患者に限らず多く見られるように思う。また、精神科の患者を支える家族の認識が本人とかみ合わないために就労がうまく行かないこともある。

これらの背景を踏まえ私が考えた就労支援は、自分のやりたいことを整理するという通常の就職活動の一歩手前を支援することではないかと考えた。
結局のところ、彼らは就職に対する道筋、あるいは就労後の自分の人生に大きな不安を抱いているのだと思う。
どんな仕事に就くのがいいのか、その仕事が自分に向いているのか、給与などで今後不利にならないかなど不安は尽きることがない。
従来はこうした不安を親や周囲の先輩がサポートしてきたが、景気の悪化でどうにもならない現実や、親とのジェネレーションギャップの大きさ、コミュニケーションの希薄化からくるサポートする人間の不在などが障害となって不安は解消されずに残り続ける。

彼らの能力に大きな問題がない以上、就職活動の一歩手前を支援すれば何かしら道は見えるのではないか。
この視点に立って、もう一度自分なりに書店を歩き回って以下のような書籍を見つけた。

 

一つは「新 13歳のハローワーク(村上 龍)」である。
この本は様々な職業を学校での好きな科目や興味のあることから引けるようにしている。
学校教育の現場でも取り上げられるなど、日本の職業教育分野に一石を投じた書籍である。
20代の彼らは思っている以上に多くの職業を知らない。
もっとも、生きてきた中で彼らはそれなりに興味を持った職業を調べてはいるのだが、何かしらの壁にぶち当たってしまい立ち往生しているのである。
そうした中で、再度自分の興味のある分野を見つけるのに良い本であろうと思う。
紹介している職種は514種+89種。(前作と今作合わせ603種)
Amazonのカスタマーレビューにもあるが、多くの分野に平等に注力された内容ではないらしく、そういう意味では他の書籍も参考に検討してほしい。

二つ目は「新版 やりたい仕事がある!(池上 彰)」である。
著者は「週刊こどもニュース」のお父さん役や、「そうだったのか! 池上彰の学べるニュース」などでおなじみの池上 彰である。
本書は記者やキャスターの経験のある著者の視点をコラムに据えたり、一部は実際に職業についている方の体験談を掲載するなど勉強になる内容が多々見られる。
扱っている職業も768種あり、その幅の広さは驚きである。
本書の特徴はエニアグラムという性格分類を使い、自分の性格にもしかしたら合致するかもしれない職業がわかりやすく提示されている点に好感が持てる。
それぞれの職種に説明が書かれているが、具体的なイメージがつかめるほど詳細なものではないため、説明の末尾にある職能団体や学会などのリンクをたどり各個に興味を持った職業について調べる必要はある。
とはいえ、コラムの内容だけでも読む価値はある。(「なぜ働くのか」、「就職氷河期だからこそ得るものもある」等)

これらの書籍を用いることで、彼らの能力を具体的な形にする方向性がつかめないだろうかと考えている。
多くの就活本はエントリーシートの書き方や面接ノウハウ、自己分析などが中心であり、彼らの特徴には今一つ合致しないと感じた。
それらの一歩手前として、紹介した二つの図書が参考になれば幸いである。

 
posted by トモロウ at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 就労支援

2011年10月06日

思春期外来の勉強方法と参考書をPSWの視点から

医療機関によっては思春期外来や思春期病棟、思春期プログラムといったメニューを備えていることがある。
私もその担当になることになったのだが、そもそもPSWの専門学校では実務はほぼ教えないし、国家試験合格だけが人生の目標かのように語られる。
精神科ソーシャルワーカー的には思春期は心理学の発達に関する一分野でしかない。

小児科を除いて児童期・思春期を専門に診る医療機関は少ない。
そんな中、精神科・心療内科として思春期を見ることには大きな意義がある。
精神疾患の好発年齢は成人以降であることがほとんどであるが、病歴・生活歴をたどってみると幼少期から問題を抱えているケースも少なくない。
幼少期、つまり思春期頃から適切なケアができていれば予後は比較的良好な経過をたどると推測される。

しかし、困ったことにどのように勉強してよいものかさっぱりわからないという現実に直面する。
インターネット上にはさまざまな情報があふれているものの、保健・医療・福祉の分野は情報化が非常に遅れている印象がある。
個人の所見であるが、一般企業に比べ15年〜20年程度遅れている雰囲気がある。
施設内のLAN構築ができていないとか、ひどいときはインターネットの利用さえできない現場もある。
Windowsの入ったパソコンがあるが、現在姿を見なくなったワープロ専用機と同じ使い方しかできないものも散見される。
そのような風潮が影響したかどうかは定かでないが、わかりやすく質の高い、実務や結果に結びつくような情報を得るには他の分野の数倍は時間がかかる状況である。

無いものねだりをしてもしょうがないので書籍から勉強できるものを探す。
しかし、今度はどの分類から探してよいものかわからない。
育児・保育分野は医療機関とは方向性が異なるし、社会福祉分野では制度面ばかりで少々現場にそぐわない。
結果、私が辿り着いたのが臨床看護分野の本である。
精神看護エクスペール(15)「思春期・青年期の精神看護」(中山書店)という書籍で、精神科看護教育のシリーズ本だ。
若干教科書的で文字の多い本であるが、表やグラフも参考に示される。
手に取った感じでは看護テキストと銘打ってある本よりは読みやすく感じられた。
本の帯には「不登校、リストカット、引きこもり、統合失調症、発達障害、PTSDなど心身の成長期に好発しやすい精神障害の病理とケアを知る」と書かれており、多職種連携や精神保健福祉士にも役立つと書かれている。
実際問題、PSWは医師・看護師ほど病理に詳しくはない。
もっと致命的なことは、医師や看護師がどのような視点で治療にあたっているかを知らない点にある。
PSWは実務経験を積むことでそれらのギャップを埋めていくが、その作業には数年かかる可能性がある。
そうした中、この本は医療、看護、心理、社会などの幅広い分野について記載されている。

まだ読みかけなので詳細には書けないが、読み終えた時にはまた感想を書いてみたいと思う。
本記事はあくまで私が思春期担当のPSWとして手に取った参考書がこれだったという程度にすぎないが、それでも誰かの役に立てれば幸いである。
posted by トモロウ at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 思春期

2011年02月21日

精神保健福祉士の年収と勤務内容

精神保健福祉士の国家試験が終わった2月頃が就職活動の一つの山となっています。
今回は精神保健福祉士の求人内容や年収、勤務内容について書いていきたいと思います。

諸所の事情により九州の求人を見ることが多かったので、それを中心に記述します。
精神保健福祉士は一般に大卒であることがほとんどです。(一般四年制大学+一般養成施設等を含む)
そのため、特に断りがない限り大卒での条件で記載します。

求人票を見ていて思うのが、やはり給与水準が低めであることです。
保健福祉医療業界の給料は公務員を除いて一部の職種や勤務場所だけが条件が良いといえます。
たとえば医師や看護師、薬剤師、続いて作業療法士、理学療法士などが比較的条件が良いといえます。

精神保健福祉士の初任給は13〜20万円/月といった感じで、かなりばらつきがあります。
ここでの月収はハローワークの求人票でいう基本給+定額的に支払われる手当を基準にします。
多くは基本給と資格手当などでしょう。
これに賃貸暮らしなら住宅手当、電車・バス通勤であれば通勤手当が加算されることになります。
しかし、これらの基準もあまりよくなく、月1万円までであったり、そもそも支払われない職場もあるようです。

私が意外に思ったのは週休二日の求人が少ないこと。
つまり年間休日が100日以下となります。
年収が少ないうえに勤務日数が増えるとなると薄給の度合いはより加速します。
しかし、多くの求人で残業時間はほとんどないか、あっても1日1時間程度のようです。

給与水準や条件の悪さについて述べましたが、それも勤続年数が増えればカバーできると思う方もいらっしゃるでしょう。
これは主に昇給額に強く影響を受けます。
これは一例ですが、基本給15万円+資格手当3万円の月収18万円で賞与は基本給の3か月分、一年の昇給3000円の例を考えてみます。
エクセルで計算してみると分かりやすいのですが、以下に年齢別の年収概算を示します。

年齢 推定年収
22歳 261万円
25歳 274万5千円
30歳 297万円
35歳 319万5千円
40歳 342万円
45歳 364万5千円
50歳 387万円
55歳 409万5千円
60歳 432万円
65歳 454万5千円

もちろん、住宅手当や通勤手当、役職手当を含んでいませんから源泉徴収票にはこれ以上の額が乗ることでしょう。
しかし、住宅手当や通勤手当は実際に使った分よりも多く出ることは稀ですから地元就職して実家通いするほうがお得かもしれません。
一般的な株式会社でまともな大卒求人ですと20代でも年収300万円を超えることはありますが、現状では上記のような年収計算と大差ない条件が多いことでしょう。
ちなみに昇給額が5000円あると、先の例で見ていけば
30歳 321万円
40歳 396万円
50歳 471万円
というようになります。

お金が欲しいと思う方は昇給額が大きく影響することを憶えておきましょう。
また、この職業自体はあまり給与の水準は良くないことも合わせて憶えておきましょう。

勤務内容は資格を取得する際、もしくは求人票を見てある程度想像できると思いますが、
病院における受信相談や退院促進援助など。
障害者施設等での障害者の社会復帰のための援助。
といったものがほとんどです。
しかしながら、いくつかの病院では診療関連部門ではなく事務部門に所属になるなど、事務職と同様の作業を行うこともあるらしく、職場の内容を事前に訪問するなどして確認しておくことが望ましいようです。

現時点で資格制度が出来て13回目の試験が行われたばかりですが、まだまだ専門職としての地位が確立したとは言いづらい部分もあり、資格試験の難易度上昇や資格取得者の余り始めなど今後しばらくは状況は好転しにくい要素が多いようです。
精神障害者の種類も近年はうつ病や認知症患者の増加もあり、必要とされる職種であることは間違いないのですが、知名度の低さや貢献度の測定が難しいことから周囲の評価は必ずしも高いとは言えないようです。

条件はあまりよくないものの、年々ソーシャルワーカーの質は向上してきているので、これから就職される方々が少しずつ職場を変えていってほしいと思います。
特に職能団体である日本精神保健福祉士協会などに所属し、政治的に診療報酬への反映を働きかけるなどのアクションが必要とされているようです。
posted by トモロウ at 17:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 就職・転職

2011年01月15日

諸外国の福祉

ここでは日本以外の諸外国の福祉の歴史について記述する。
国家試験に出そうなところのみ中心に記述する。

1601年
イギリスでエリザベス救貧法が完成した。1.有能貧民、2.無能力貧民、3.児童の3つに分類を行った。

1776年
A.スミスは国富論を著し、市場の自由経済を「見えざる手」を使って説明した。

1832年
E.チャドウィックは救貧法の弊害に対して、生存の危機に瀕した際に救済を受ける権利を擁護しようとした。

1834年
イギリスは新救貧法を成立させた。1.救済水準を全国均一とする、2.有能貧民の居宅保護を廃止し、ワークハウス収容に限定する、3.劣等処遇の原則による、とした。劣等処遇の原則は救済を受ける水準が最下層の自立した労働者の生活より劣るものでなければならないとする原則である。
新救貧法の思想的根拠は、マルサスの「人口の原理」(1798年)にあった。

1869年
ロンドンに設立された慈善組織協会(COS)は慈善団体の連絡、調整、協力の組織化と救済の適正化を目的とした。

1870年
イギリスで慈善組織化運動(COS運動)があった。コミュニティ・オーガニゼーションの発展に結び付いた。

1880年代
ドイツでは、世界で最初の社会保険制度が実施された。

1883年
ドイツで疾病保険ができる。

1884年
ロンドンでバーネット夫妻が始めたトインビー・ホールが最初のセツルメントとなった。
ドイツで災害保険ができる。

1886年
C.ブースは1886〜1903年にわたり、「ロンドン民衆の生活と労働」を著した。市民の30.7%が貧困線以下の生活を送っており、その原因は個人ではなく雇用や環境の問題であるとした。
アメリカのセツルメント運動で、ネイバーフッド・ギルドが行われた。

1889年
アメリカ、シカゴにハル・ハウスがアダムスによって始められた。
ドイツで養老および廃疾保険ができる。

1895年
救世軍はロンドンの牧師、W.ブースによって始められた。山室軍平が日本で入信した。

1899年
ラウントリーはヨーク市において貧困調査を行い、1901年に「貧困―都市生活の研究」を著した。
ラウントリーは所得の総収入が肉体的能率を維持するための最低限を示す水準を第一次貧困線(絶対的貧困線)といった。第二次貧困線として、収入が飲酒とか賭博などに消費されない限り第一次貧困線以上の生活を送ることができる水準を設定した。

1935年
アメリカにおいて、連邦社会保障法は、社会保障という言葉を世界で最初に用いた法律といわれる。ニューディール政策の一環として実施された。

1942年
ベバリッジ報告が発表された。イギリスの戦後社会保障制度を準備する設計図となった。1.リハビリテーションを含む包括的国営医療サービス、2.多子家族の所得補償、3.失業率を一定限度以下とする雇用政策や総合的社会保険の加入を義務付けている。
ベバリッジは窮乏、怠惰、疾病、無知、不潔を「五巨大悪」とした。

1968年
イギリスの社会福祉制度の抜本的改革を目指して、シーボーム報告が発表された。「堅実、かつ有効な家族サービス」の体系づくりと地方自治体の再編成がなされた。
シーボーム報告は、在宅福祉にかかわるソーシャルワーカーの役割が複雑すぎると批判を受けた。

1982年
バークレイ報告は、ソーシャルワーカーの役割と任務について検討し、政府に勧告を行ったものである。コミュニティ・ソーシャルワーカーの重要性が指摘された。

1988年
グリフィス報告は、コミュニティ・ケアの行動のための指針を示した。

1990年
イギリスのコミュニティケア改革の動向では、1.ケアマネジメントシステムを導入すること、2.地方自治体によるコミュニティ計画策定、3.サービス購入者とサービス提供者を分離すること、4.利用者などへの苦情処理システムの整備などがある。

1994年
ドイツで介護保険法が成立する。
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2011年01月13日

福祉制度の発達過程

ここでは日本の福祉制度の発達を年代ごとに記述する。
試験に出なさそうなところは省いてあるので、必ずしも万全なものでないことに注意してください。

明治・大正・昭和戦前期
1874年(明治7年)
明治政府に制定された恤救規則がある。
「人民相互の情誼」によって行われ、「無告の窮民」に限ることを基調としている。

1891年(明治24年)
セツルメント運動としてアダムスによる岡山博愛会がある。

1987年(明治30年)
セツルメント運動として片山潜によるキングスレー館がある。

1900年(明治33年)
野口幽香による二葉幼稚園が創設された。
内務省官僚や慈善事業家たちが貧民研究会を結成した。
感化救済事業が推進され、感化法が制定された。同法の感化院は日本で最初に法律上位置づけられた社会事業施設であり、辛亥救済会、小野慈善院などがある。

(年代不詳)
明治期の民間慈善事業にはキリスト教の信仰を持つ人々が多かった。
石井十次らの岡山孤児院、留岡幸助らの家庭学校、石井亮一らの滝乃川学園、山室軍平らの救世軍、岩永マキの浦上養育院などがある。

1908年(明治41年)
中央慈善協会の初代会長に渋沢栄一がなった。

1917年(大正6年)
笠井信一によって、岡山で済世顧問制度が創設された。
軍事救護法が公布される。

1918年(大正7年)
米騒動が起こる。
大阪府で、林市蔵、小河滋次郎によって方面委員制度が登場。
内務省に救済事業調査会が設置され、大原社会問題研究所も設置される。

1920年(大正9年)
内務省に社会局ができ、「社会事業」が法律上明記される。

1922年(大正11年)
健康保険法が制定される。

1927年(昭和2年)
健康保険制度が始まる。

1929年(昭和4年)
救護法が公布される。同法は公的扶助義務主義であるが、労働能力のあるものを除外する制限扶助主義をとっている。1932年(昭和7年)に実施。
救護法はイギリスの新救貧法をモデルとし、両社に共通するのは劣等処遇とミーンズ・テスト(資力調査)がある。

1938年(昭和13年)
厚生省が設置され、国民健康保険法が制定された。

1941年(昭和16年)
医療保護法が制定される。同年に社会事業法も成立し、民間の社会事業への補助金が制度化されたが、政府の規制も強まった。


戦後の社会福祉

昭和20年代
貨幣的ニードに対して生活保護が中心となる。

1946年(昭和21年)
日本国憲法が成立した。
GHQから「社会救済に関する覚書」が提示され、これに基づき旧生活保護法が成立した。
なお、現行の生活保護法は1950年(昭和25年)に制定される。

1947年(昭和22年)
児童福祉法が成立した。

1949年(昭和24年)
身体障害者福祉法が成立した。
旧生活保護法と児童福祉法、身体障害者福祉法を合わせていわゆる「福祉三法」が成立した。

昭和30年代
貨幣的ニードへの対応は福祉政策の中心とされ、施設福祉についても国民の最低生活の保障の意味があった。

1960年(昭和35年)
精神薄弱者福祉法が成立した。

1961年(昭和36年)
国民皆保険・皆年金体制が確立した。

1963年(昭和38年)
老人福祉法が成立した。

1964年(昭和39年)
母子福祉法が成立した。
福祉三法と精神薄弱者福祉法、老人福祉法、母子福祉法を合わせた「福祉六法」体制となる。

昭和40年代
高齢化率が7%を超える。福祉ニードの多様化、高度化が起こる。非貨幣的ニードへの対応が課題となる。

1970年(昭和45年)
社会福祉施設緊急整備5か年計画が策定される。

1973年(昭和48年)
経済社会基本計画が策定される。
政府が「福祉元年」と宣言する。
年金給付水準の引き上げ、高額療養費支給制度、老人医療費支給制度(無料化)が行われた。

1979年(昭和54年)
「新経済社会7か年計画」で日本型福祉社会が求められていることが示された。

1982年(昭和57年)
老人保健法が制定される。高齢者に定額の自己負担が課せられた。

1985年(昭和60年)
非営利団体による福祉サービス、民間シルバーサービスを加えた多元的なサービス供給体制が求められた。
QOLを問う視点が入るようになった。

1986年(昭和61年)
機関委任事務整理合理化法が成立し、社会事業法が改正され、2つ以上の都道府県をまたがない社会福祉法人の設立認可などが厚生大臣から都道府県知事に移譲された。
同上、社会福祉施設入所措置が団体委任事務に改められた。
地方分権一括法の改正により、機関委任事務および団体委任事務が廃止され、新たに自治事務と法定受託事務とに再構成された。

1989年(平成元年)
高齢者保健福祉推進10か年戦略(ゴールドプラン)が策定された。

1990年(平成2年)
「老人福祉法等の一部を改正する法律」(福祉関係八法の改正)が行われた。
上記法改正により、在宅福祉サービスと施設福祉サービスの一元化などの制度化が図られた。

1994年(平成6年)
エンゼルプランが策定され、ゴールドプランを見直し新ゴールドプランとなる。
「21世紀福祉ビジョン」が出される。適正給付・適正負担の実現を目指す。年金:医療:福祉の比率を5:4:1から5:3:2程度とすることを目標にした。

1995年(平成7年)
「障害者プラン〜ノーマライゼーション7か年戦略〜」が策定される。
「社会保障体制の再構築に関する勧告―安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」がまとめられる。

1997年(平成9年)
介護保険法が成立し、2000年(平成12年)から施行された。

2000年(平成12年)
ゴールドプラン21が策定された。
新エンゼルプランが策定された。
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2010年08月04日

葛藤について

社会福祉士や精神保健福祉士の履修科目には心理学が含まれている。
新しい教育プログラムでは心理学理論と心理的支援という言葉になっているかもしれない。
対人関係が重要な職種ではぜひとも勉強して欲しいし、習得しておきたい内容がたくさん含まれている。
心理カウンセラーとして知られる臨床心理士では最も重要な科目であることでも有名だ。
そんな心理学の中でもみなさんの日常生活に関連するキーワードを一つご紹介したい。

「葛藤」という言葉を聞いたことのない人は少ないだろう。
簡単に説明すれば、何かしらの欲求を満たしたいのだが、欲求を満たすものが複数ある時に自分がどうしたらよいか迷うことだ。
AとBを両方欲しいが、片方を取ったらもう片方はあきらめなければならないといった場合が単純だろうか。
また、両者のもつ魅力が等しいほど葛藤は強くなるとされる。

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2010年06月26日

パーソナリティ障害(Personality Disorder)

パーソナリティ障害とは、生まれつきの気質や成長過程の影響と推測され、社会生活を送るうえで困難を抱えた行動をとっていると他者からも認められる状態をいう。
別称としては人格障害、性格障害、Personality Disorderなどがある。ただし、治療の際には人格や性格を治療するという(性格が悪いともとれる)表現は不適切ではないかとの声もある。

パーソナリティ障害にはいくつかの類型があり、それぞれ特徴がある。
ICD-10では以下のように分類されている。
1.妄想性人格障害
2.分裂病質性人格障害(統合失調質人格障害)
3.非社会性人格障害
4.情緒不安定性人格障害
5.演技性人格障害
6.強迫性人格障害
7.不安性人格障害(不安回避性人格障害)
8.依存性人格障害
9.その他の特定の人格障害

DSM-IV-TRでは以下のように分類されている。
クラスターA
(風変わり、自閉的、妄想を持ちやすいなどとされる。)
・妄想性人格障害
・統合失調質人格障害
・統合失調型人格障害

クラスターB
(感情の混乱が激しく演技的で情緒的。他人を巻き込むことが多い。)
・反社会性人格障害
・境界性人格障害
・演技性人格障害
・自己愛性人格障害

クラスターC
(不安や恐怖心が強い。周りの評価を気にする。)
・回避性人格障害
・依存性人格障害
・強迫性人格障害

大まかにDSMのクラスターごとに説明する。

クラスターAに属するものは、統合失調症の症状と若干似た傾向を持つが、統合失調症とは異なるものである。
妄想性は他人の言動が悪意のあるものととらえ、不信と疑いをもつとされる。
統合失調質は内向的で引きこもりがち、感情を表に出すことが少なくよそよそしい振る舞いをするとされる。
統合失調型は魔術や迷信のような思い込みを持ち、奇妙な考えや行動をとるとされる。

クラスターBに属するものは感情の起伏が激しい傾向を持つ。
反社会性は文字通り反社会的な言動が多く、個人の満足のために他人を利用したり、相手の心理を読んで操作することに長け、そうしたことをすることに罪悪感を感じることが少ないとされる。
境界性は感情の起伏が激しく、衝動的に行動することが多いとされる。暴力行為や迷惑行為を繰り返したり、自殺を企てるなどの行動を繰り返すとされる。
演技性は周囲の関心を集めようとし、自分が物事の中心でありたいと思い、そのために外見を気にしたり芝居がかった態度を取ろうとするとされる。
自己愛性は自分が特別な存在で、他者より秀でていると思っているとされ、そのことが原因で対人関係の障害が起こりやすいとされる。他者から非難されることを嫌う傾向があるとされる。

クラスターCは不安や恐怖におびえることが多いとされる。
回避性は他人からの拒絶や失敗することを恐れて対人関係を築いたり新しいことを始めることを避けることが多いとされる。
依存性は誰かに世話をされたいという過剰な欲求があり、非常に従順な性格をしているとされる。誰かがそばにいないと不安に駆られ、抑うつ状態に陥ることがあるとされる。
強迫性は完全主義で秩序やルールに厳しく、柔軟性に欠け、適応性がないとされる。
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2010年06月19日

EE研究(Expressed Emotion:EE)

Expressed Emotion(以下、EEと表記)とは感情表出のことである。
統合失調症などの精神病を抱える患者は本人を理解する家族のもとで生活するほうが再発率が抑えられると考えられてきたが、家族の接し方によってはそうでないケースがあることがわかってきている。

患者と同居している家族などが、患者に対して批判的である、拒否している、巻き込まれすぎるという感情が多く表出されると評価される高EE家族と、そうでない低EE家族の間に、退院後の再発率に大きく差があることが研究によって確かめられた。
退院後の再発率は高EE家族ではおよそ50%程度であるのに対し、低EE家族では15%程度となっているようだ。

EEという指標はある家族に対して固有のものではなく、状況に応じて変化する。
病気に対する知識を家族が学習することで、EEは低く抑えられるとされる。まずは病気を理解することが再発率低減に役立つと考えられる。
病気を持つ患者を家族が支えることは大きなストレスとなりうるため、こうしたストレスが批判的な態度を生むなどEEを高める原因となる。患者が暴力をふるうなどの症状が原因であったりするが、家族もストレスを減らす対策が必要となるだろう。
また、患者を支えるのは大変なことで、信頼できる専門家の助けを得られるかどうかが家族のEEに影響するともされている。

統合失調症などの精神病は他者からは理解しづらく、動きがダラダラしている様子を見て「怠けている」と感じたり、突然暴力をふるう様子を見て「恐ろしい」と感じるだろう。これらは一般的な解釈ではあるが、病気を持つ患者を支えるうえで障害となってしまう。
家族に理解があればこれらは症状だと理解でき、適切な対処が取れる可能性がある。
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ノーマライゼーション

障害のある者が障害のない者と変わらない普通の生活を送れるような社会へ改善することであり、地域社会が障害者を差別なく受け入れるような成熟した社会を作ろうとする思想または運動である。

国際的にはデンマークのバンク・ミケルセンがノーマライゼーション運動を起こしたことで知られる。
ほか、スウェーデンのニィリエや、アメリカやカナダで活動したヴォルフェンスベルガーが有名である。

ニィリエの原則では以下のような主張が行われた。
1.社会との交流、通常の生活で体験する1日の生活リズムの実現
2.一生涯における正常な発達機会の保障
3.知的障害者の無言の願望や自己決定の尊重
4.男女両性のある世界での生活
5.正常な経済的水準の保障
6.家族との共生を含む正常な住環境の保障

バンク・ミケルセンの活動が始まった1950年代以降、ニィリエやヴォルフェンスベルガーの活動もあって全世界に運動が広がっていった。
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